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三笠と奈良靴下の歴史 - 靴下・ソックス・ストッキングの製造販売 株式会社 三笠

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三笠と奈良靴下の歴史

カテゴリ: 横浜 公開日:2012年06月13日(水)
51decbcca80c9576bd4e9fbe3f70bdd9.jpg 奈良県の靴下産業は、1910年ごろ大阪の問屋資本の統括のもとで、北葛城郡馬見村(現在の広陵町) で吉井泰三が農民救済の授産事業として、フライス手回し機を用いて靴下製造を始めたのか最初です。 私の母親は、この北葛城郡広陵町疋相の靴下工場で生まれ育ち、地元高田高校卒業後に東京へ上京し 父と出会い結婚、そして昭和37年横浜市磯子区で住居購入しそこで現在の三笠を開業し母のふるさと である広陵町の工場へ毎週車で行き靴下を満載して東京の卸売問屋さんへ販売したのが始まりです。 奈良県の靴下生産は1990年の998億円をピークに安い海外商品の影響で減少の一途を辿ってしまい 2008年には337億まで低下しました。 奈良県靴下組合員企業数も1990年に397社だったのが、2010年では半分以下の164社に減少した のです。(先日奈良県靴下組合から頂いた資料より) そんな奈良県へ株式会社三笠は2011年工場を新設し奈良県靴下組合にも新規加盟し現在本格稼働中! 上海三笠貿易会社を通じて、中国本土・香港・台湾へメイドイン奈良の靴下を販売する準備を進めています。 昨日は、午後から運転免許の更新で二俣川の試験場へ・・・ 15時過ぎでしたのでガラガラの貸切状態、しかも5年以上違反無しで優良ドライバーの30分講習を受け終了 新品のゴールド免許を頂いて帰りました。 しかし中国では、この4年間に電子警察のカメラ取締りで7回も連絡があり罰金を払っています。 中国で車を運転し始めて来年で5年になるので更新だ!時が立つのが早いな~